渋沢栄一生家


 車で5分も走れば、板東太郎の異名を持つ利根川の堤防に立つことのできる地、深谷市の北西部に位置する血洗島で日本資本主義の父、明治の大実業家・渋沢栄一が生まれました。
 
 さあ、青淵翁の生家をご案内いたしましょう。
 重厚な門をくぐると、屋根に蚕室を擁した大きな二階屋がデ~ンと眼前に広がります。前庭左手には、俳優、「杉浦直樹氏」寄贈の錦鯉(現在はカラス等の被害が多く疎開している)の泳ぐ池があります。
 右手には数棟の倉が目に入ります。この倉は、『青淵塾・渋沢国際会館』開設後の数年間、日本語や日本文化研究を目的として我が国を訪れる海外留学生のための寮として使われていました。
 『青淵塾・渋沢国際会館』は、渋沢栄一翁の息女、歌子氏により開設、運営されていましたが、氏の没後は、生徒数も減り、閉館され、今日に至っています。最盛期には、海外諸国からの留学生でにぎわい、屋敷内は異国のような雰囲気を醸していました。
 屋敷裏手に回れば、鬱蒼とした木立ちが夏でも涼しげな日陰を作っています。この裏庭の一角に、深い水をたたえた池があったそうで、その水の青さから「渋沢青淵」という別称がついたと言われています。
 裏庭の敷地外に、現在公園が造営されていますが、生家と共に趣き深い場所になることでしょう。
 『青淵塾・渋沢国際会館』が運営されていた頃は、生家見学は有料でしたが、市の管理となった現在は無料で見学でき、さらに係りの方の説明も聞くことができます。有名な観光地にこの生家があるなら、それこそ引きも切らぬ訪問者だろうな、と思われる程、歴史を感じさせる貴重な建物です。ぜひ、訪れて深い歴史を感じ取ってみてはいかがでしょう。
 
(渋沢栄一翁については深谷市教育委員会のホームページに詳しく記載されておりますのでご参照下さい。)
深谷市教育委員会ホームページ

http://www.education.fukaya.saitama.jp/

 
付記:
 さて栄一翁の生誕地「血洗島」、あなたは、どう読みましたか?けっせんとう、けっせんじま、いいえ、違います。「ちあらいじま」と読みます。
 この種の地名には少なからず何らかの伝説があるようですが次のような言い伝えが残っています。
1)赤城の山霊(ムカデ)が日光の山霊(大蛇)と戦って片腕をひしがれ、その傷口をこの地で洗ったという説。
2) その昔、この辺りで合戦があり(一説に平安時代に八幡太郎義家の奥州遠征の途中)家臣の一人が切り落とされた片手を洗ったという説。
(血洗島の近くに、「手計」という地名がありますが、これは、土地の人が、切り落とされたその片手を葬った墓、手墓だという言い伝えがあるそうです。)
3)利根川の氾濫(=地荒う)が転じたとする説。
 あなたは、どの説がお好みでしょうか?
                                      執筆 すみとち
 
 渋沢栄一生家の地図

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正門方面より。
立派な豪農のたたずまいです。正門の奥に見える屋根が母屋です。一番上は蚕室です。


正門の前にはこんな碑がたっています。
「青淵翁誕生之地」


粋な黒塀、見越しの松に・・・
そんな歌が出てきそう。ちょっと古いですね。
黒塀の向こうに煉瓦の塀が継ぎ足したされているのが、なんとも栄一の生家らしいです。


渋沢栄一生家の母屋。
東京に拠点を移した後も、時折帰ってはここに泊まったそうです。
下の階の左から2番目の部屋。花瓶に花が活けてある所が栄一の寝間だったそうです。


これがその寝間です。
それ程広い部屋ではありません。天上も高くはありません。
木の看板がありました。


その木の看板にはこんな事が書かれていました。


畳の上までは上がれませんが、土間には入れます。なんだかいろんなものが飾ってありました。


上の解説の『青淵塾・渋沢国際会館』の所に出てきた蔵の一つです。
これは非常に立派です。


上の蔵の横にある東門にこんな物が書かれていました。
『青淵塾・渋沢国際会館』に関係しているのでしょう。あるいは渋沢国際会館の入り口だったのかもしれませんね。
ちなみに中の紋は渋沢家の家紋「丸に違い柏」です。


母屋の裏にも蔵がいくつかあります。これはそちらの蔵の一つです。


解説の中の『俳優、「杉浦直樹氏」寄贈の錦鯉・・云々』の池です。


池のほとり、正門よりに若かりし頃の栄一の銅像が建っています。


この渋い庭にお似合いのモデルさんがいてくれました。


正門に入る前に看板があります。
これは渋沢栄一縁の地の案内図。


こちらは渋沢栄一の人となりを書いた看板。


書かれていた内容です。
ちょっと大きいです。


簡単な年表も書かれています。